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空風 海月

Author:空風 海月
空風海月の日記です。
私の生き様が、考えが、誰かの役に立てばいいな、なんて思っています。

もっとみんなが気兼ねなく幸せになれて、楽しく生きていける世界が作れたらいいのにな、と思っています。
そのために私に、誰に何が出来るのかについても、僭越ながら書いていきたいと思っています。

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細くても強い。
実は少し行き詰っていたようで、思っていた以上にしんどかったようで、
久しぶりに幼馴染と言っても過言ではない友だちと電話で話して、話し終わってから泣いていました。

私は、自分が幼い頃、親や周りの人の期待を一身に背負ってきていました。
期待されるのが嬉しくもあったのですが、やはり、幼い身には大きすぎて。キャパオーバーしていることに気付かず、無理してしまい、今現在も続く鬱状態になっていました。
社会人、大人という呼称を得た今、ある意味で期待はなくなりましたが…今度は「社会人」「大人」という大きな期待にさらされるようになりました。
むしろ、本来ならば、ここからが「大きな期待」を背負う時期なんだろうと思いますが…私としては、またか。という感じでした。
そしてまた…それらの「期待」に応えようとしていたのかもしれません。もう、生きがいにされるのも、期待かけられるのも、つらいから嫌だと思っていたのに。

だから、私は他者を生きがいや目的にしたくないと心に決めていました。
期待するのは、目的にするのは、自分だけにしようと決めていました。孤独な、終わりのない闘いをしていました。目標は、生きていく指針は、自分の「成長」という曖昧でゴールすら見えないものでした。


友だちと話していて、良い意味で他者を目的にするのは、何も悪くないことだと気付きました。
何かのために頑張るということも、何かのために頑張る自分を褒めるという点であれば、他者を拠り所にするような身勝手だったり過大だったりする「期待」とは違うんですね。
ふと、楽になりました。
そして、久しぶりに長電話をして、私は一人ではないし、一人だけで頑張るなんて不可能なんだとも気付きました。

親が子どもをかわいがるのは、子どもがかわいいのも勿論ですが、自分のために、かわいがっているんですよね。
この構造が嫌いでした。結局は自分じゃないか、と。
でも、結局は自分しかなくて。自分のためにかわいがっていたとしても、かわいがられる方からすれば、その真意なんて分からない。
「かわいがってくれている」それが全てなんです。勘違いだとしても、そういう勘違いの中でしか、やさしさも生まれない。
それなら、と。
私も相手の重荷にならないように、あくまでも相手が喜ぶ形でなら、他者を目的にしてもいいのかなって。


人間は結局弱くて、自分のためだけには頑張ることなんて出来ないんですね。
だから、「与える」ということが最大の喜びになる。それは、他者を目的として、自分を喜ばそうとしているから。他者をいい意味で利用しているから。
純粋なやさしさだけでの善意なんて、本当はないんです。哀しいけれど、本当に他者のためになるには、その他者に従属するしかない。
その従属は、もう、嫌だから。従属している自分に傷つくのも、嫌だから。


友だちって素敵だなと、現金ながら思いました。
私はまだ、不器用過ぎて、やさしさの意味すら履き違えてしまうけれど…そんな私をそのまま、認めて面白がってくれる人もいるんだなって。
細くても太い、遠くても近い、そういう関係ってあるんですね。
明日も仕事、なんとかやっていきます。生きるしか、ないから。死ねないんだもの。
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日記 | 22:13:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
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