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空風 海月

Author:空風 海月
空風海月の日記です。
私の生き様が、考えが、誰かの役に立てばいいな、なんて思っています。

もっとみんなが気兼ねなく幸せになれて、楽しく生きていける世界が作れたらいいのにな、と思っています。
そのために私に、誰に何が出来るのかについても、僭越ながら書いていきたいと思っています。

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無故郷人
私は幼い頃に何度か引っ越しをしています。一度は海を渡り島を越えて、川も越えました。
川を挟むと文化が違う、と中学の頃社会の先生が言っていたのを覚えています。川を渡るのは難しいので、川を隔てて文化は若干変わる、と。
それは本当で、子どもながらに文化の違いに驚いた記憶があります。「それなんか違うでしょw」と思っていた節もあります。
とはいえ、その文化圏内で生きるには、違和感を覚える文化であっても、受け入れざるを得ません。嫌でしたよ、正直。今はもう、拒絶することもありませんが。

なので、私には「故郷」と呼べる場所がありません。
いつだって移民で、その独自文化に対して違和感と目新しさを感じています。今住んでいる所が一番長く住んでいるのですが…それでも未だに、なんか違うと感じています。
心理学的な目線で言えば、心理的な故郷、ホームと呼べる場所がない、つまりは帰れる場所がないため、どこか宙ぶらりんなアイデンティティだと言えます。親の故郷でもないですし、ここは。
地元の友達、とは呼びますが、私としては移民先の友達という実感です。いつだって、何か違う。
けれども、大抵の人は故郷を持っています。地元も。安定的なコミュニティの中で培った、土着ともいうべき精神を持っています。すごく、羨ましく感じていました。帰る場所があるって。

でも、ふと気付きました。
私は無故郷人だからこそ、異文化の吸収能力が高いこと。そして、批判も拒絶も少ないこと。
どんな文化でも趣味趣向でも、受け入れられる体勢を持っていました。そしてそれを、敏感に察知する感性も。
これって、グローバル化と呼ばれて久しい時代にはとても大事な姿勢かもしれないなと思い至りました。時間はとてもかかりましたが。
たとえ文化が違っても、根底に流れる精神みたいなものはありますし、ユングのいうような原型、人間という種に固有の精神のようなものも感じ取れます。例えば、何の知識なく見聞きした芸術作品に深く感銘を受けるように。


言語や食べ物は、その文化圏の人々を構成する大事な要素です。土地に関連したものしか、基本的に言葉にも食べ物にもなりませんから。
同じ地球上の、ある地域にだけある食べ物と言葉(方言)、それらを大切にする必要がありそうです。
それに加えて異文化を排斥しないようにする必要もありますよね。凝り固まってたら、嘘だらけで自分を固めることになるので。

一時期、他人を馬鹿にしたり揶揄する言葉、悪口の共通性を探していたことがありました。
日本語では「馬鹿」「阿呆」のように知性を批判することが多いけれど、英語だと「f〇uck」「sh〇it」(一応伏字にしておきます)のように性的な部分で揶揄し、中国語では、「お前のかぁちゃんでべそー!」的な批判の仕方をします。
参照:世界各国語の罵り文句 http://www.youswear.com/
罵られる事象から、各国で大切にされているor人目に触れてはいけないと隠されている事柄がわかりますよね。面白いなぁと。
言語学を勧める訳ではありませんが(私も完全なる独学なのでw)、言葉や食べ物を知る事が、自発的に無故郷人になることであり、実は自分にもちゃんと故郷があることを実感することになるのかなと思います。

まぁ…やはり、故郷があるって安心感はすごいですけどね…。詩人リルケが言うように、故郷がないと感じるならば、「自分の心に庭を持って、それを手入れして、そこへ逃げ込む」しかありませんから。
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思考 | 09:57:35 | トラックバック(0) | コメント(0)
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