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空風 海月

Author:空風 海月
空風海月の日記です。
私の生き様が、考えが、誰かの役に立てばいいな、なんて思っています。

もっとみんなが気兼ねなく幸せになれて、楽しく生きていける世界が作れたらいいのにな、と思っています。
そのために私に、誰に何が出来るのかについても、僭越ながら書いていきたいと思っています。

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鬱と絵
先週末に友達と旅行に行きました。
一度行ったことのある、倉敷へ。倉敷にあるゲストハウスに泊まるのが、私の目的だったのですが。
そこでまた、たくさんの人に出会い…その中の一人は、私のことを「理解」してくれる人でした。というか、同じ病気というか。。
正式に言えば、私は病気ではありません。パーソナリティ障害とも言い難い、とてもあやふやで曖昧な場所にいる人間だと思います。
その人に、「絵を描いてください」とメールを頂きました。
私は、絵を描いて、なんとか自分を保っていくしかないんだろうな、と再確認しました。


そして。
これからは絵が描けたら、UPしていこうと思っています。その第一弾。
「かなしみは空へ」
かなしみは空へ

いろんな画材を使って、のんびり描きました。
かなしみは、空に飛ばしていくしかないよな…という、私なりの決意というか。そういう絵です。
もっと絵を描きたいな。仕事とか、減らしていいから。
もっと伸びるはずなんです。鬱にならず、ちゃんと生活出来れば。出来ない以上、今の状態でどうするか、なんですが…

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日記 | 23:05:54 | トラックバック(0) | コメント(0)
仕組み
働きだしてから、PC教室に通い始めました。
動機は、「パソコン使えるようになって、独立とまではいかずとも、とりあえず早く転職したい(←ここ大事)」という不純極まりないものでした。笑
組織に属し続けるのも悪くはないけれど、自分VS世界(=市場)と出来るような技術を持ちたいというのが一番の理由ではあります。一流になれるかどうかは分かりませんが、せめて二流でもニッチなものでも、プラスαの何かを持ちたいと考えたんです。
勉強するのも好きだし、というのも大きな理由ですがw

その中で、とりあえず今の仕事でも普通に使えるパソコン、ITの知識は必須かなと思います。
これからも、恐らくネットという仕組みは存在し続けるでしょうし、人間がパソコンや機械にとって代わられる日は近いはずです。
使われるだけの駒として存在するのは嫌だし、駒のように使われてる人を見るのも嫌なので、今ある仕組みを知りたいし、知るべきだと思うんです。自分を守るためにも、搾取される人を助けるためにも。
強いものが勝つのが普通なのかもしれませんが、それが嫌なんです。人間は助けあうという能力があるんだし、それを使うのが「知性」かなと思っています。


という前置きはいいとして。
いやぁ…勉強たのしいなぁ…(恍惚の表情)
知らない事を知ること、その知識が何に応用出来るか考えること、しかも出来るなら「美しく」応用しようとすること。
クリエイティブって、多分そういうのを言うんだろうなぁとぼんやりと考えています。
何に使えるか、どうすれば楽で、たのしくて、しかも美しい仕組みを作れるか。私は、「仕組み」を作るということが好きなんだなぁ…と気付きました。
感情の流れや形を絵にして、仕事では仕組みを作る。出来たらいいなぁ、そんな生活。

日記 | 22:21:28 | トラックバック(0) | コメント(0)
細くても強い。
実は少し行き詰っていたようで、思っていた以上にしんどかったようで、
久しぶりに幼馴染と言っても過言ではない友だちと電話で話して、話し終わってから泣いていました。

私は、自分が幼い頃、親や周りの人の期待を一身に背負ってきていました。
期待されるのが嬉しくもあったのですが、やはり、幼い身には大きすぎて。キャパオーバーしていることに気付かず、無理してしまい、今現在も続く鬱状態になっていました。
社会人、大人という呼称を得た今、ある意味で期待はなくなりましたが…今度は「社会人」「大人」という大きな期待にさらされるようになりました。
むしろ、本来ならば、ここからが「大きな期待」を背負う時期なんだろうと思いますが…私としては、またか。という感じでした。
そしてまた…それらの「期待」に応えようとしていたのかもしれません。もう、生きがいにされるのも、期待かけられるのも、つらいから嫌だと思っていたのに。

だから、私は他者を生きがいや目的にしたくないと心に決めていました。
期待するのは、目的にするのは、自分だけにしようと決めていました。孤独な、終わりのない闘いをしていました。目標は、生きていく指針は、自分の「成長」という曖昧でゴールすら見えないものでした。


友だちと話していて、良い意味で他者を目的にするのは、何も悪くないことだと気付きました。
何かのために頑張るということも、何かのために頑張る自分を褒めるという点であれば、他者を拠り所にするような身勝手だったり過大だったりする「期待」とは違うんですね。
ふと、楽になりました。
そして、久しぶりに長電話をして、私は一人ではないし、一人だけで頑張るなんて不可能なんだとも気付きました。

親が子どもをかわいがるのは、子どもがかわいいのも勿論ですが、自分のために、かわいがっているんですよね。
この構造が嫌いでした。結局は自分じゃないか、と。
でも、結局は自分しかなくて。自分のためにかわいがっていたとしても、かわいがられる方からすれば、その真意なんて分からない。
「かわいがってくれている」それが全てなんです。勘違いだとしても、そういう勘違いの中でしか、やさしさも生まれない。
それなら、と。
私も相手の重荷にならないように、あくまでも相手が喜ぶ形でなら、他者を目的にしてもいいのかなって。


人間は結局弱くて、自分のためだけには頑張ることなんて出来ないんですね。
だから、「与える」ということが最大の喜びになる。それは、他者を目的として、自分を喜ばそうとしているから。他者をいい意味で利用しているから。
純粋なやさしさだけでの善意なんて、本当はないんです。哀しいけれど、本当に他者のためになるには、その他者に従属するしかない。
その従属は、もう、嫌だから。従属している自分に傷つくのも、嫌だから。


友だちって素敵だなと、現金ながら思いました。
私はまだ、不器用過ぎて、やさしさの意味すら履き違えてしまうけれど…そんな私をそのまま、認めて面白がってくれる人もいるんだなって。
細くても太い、遠くても近い、そういう関係ってあるんですね。
明日も仕事、なんとかやっていきます。生きるしか、ないから。死ねないんだもの。

日記 | 22:13:16 | トラックバック(0) | コメント(0)
とっても。
とってもとっても、お久しぶりです。月風海月です。
社会人というやつを、新人というやつを、3ヶ月やりました。いやほんと、頑張った。辛いとしか思わない中、なんとかやった。そう思います。
上司や先輩方に対し、今や冗談を飛ばしたりも出来るようになりました。でも、いやーな人は、やはりいます。どこでも同じでしょうが。
大人の仮面を被ってるつもりなんだろうけど、子どもなんて…と子どもを馬鹿にしてるんだろうけど、子ども心をなくして、必死になって「子ども」を否定し、「大人」になろうとしている人って、つまらないです。
素直な気持ちを、考えを、出してもいい社会になればいいのになぁと思います。
感情を抑えるのと、感情を出さないのとは、全くの別物です。

そんな感じなので、しっかり鬱状態も加速し、抗鬱剤の力を借りつつ仕事に行っています。
仕事なんて、誰かの代わりにしんどいことをしている訳ですから、インスリン注射と同じように抗鬱財も使えばいいと思っています。心地よく生きられる場所と時間を得るためにも、多少のお金は必要だったりしますから。
身を守るために、何かを得るために、資本主義という世界の中では、お金という友だちを多くつくっておく必要があるのは疑いないのです。つまんないなぁと思いますが。


…お金って、お礼や感謝の意の代わりだったはずなのになぁ。
物々交換の世界では、みかんとりんごの価値は同じとは言えないから、とりあえず、お金というツールで物々交換をスムーズにした。
そして、誰かにやさしくしてもらった時、その人の大好物が分からないことの方が多いから、お金というツールで大好物を買ってくださいな。という気持ちを表すもので。
私は、そんな物語をいつだって想像しています。お金の温度が、いつからこんなに消えてしまったんだろう。
お金に対する熱は、物凄く高まっているけれど、お金それ自体は、血の通わない、冷たいものになってしまった。

仕事柄、札束を数えたりすることもあるのですが、なんか、怨念というか執念というか…妙な重みを感じることがあります。特に万札とか。
100円玉とかは、逆に、なんとなく軽い感じがします。楽しさの匂いも感じます。
きっと幼い子どもが、なけなしの100円玉を握りしめて、精一杯楽しいものを買った、そんな記憶がお金にも残っているからなんでしょう。
お金の使い方の上手い、おとな子どもになるのが目標です。
おとなとしての、マナーとか気遣いは出来るけれど、心の中は子どもと同じように、いつもきらきら輝く夢の世界を持っていられるような。


楽しいって、次が想像出来るから、次を期待出来るから、楽しいんです。
結局人間って、期待に応えてもらうのが一番嬉しいんですよね。自分が期待に応えるよりも、相手に期待して、叶えてもらいたい。
その、「してもらう」だけには飽きてしまって、嫌気も感じてしまった私は、何かを吐き出すように、つくり続けるしかないんだろうなと思います。
作るほどの力が、上手く捻出できないのが、情けないなと思います。なんて。


また、少しずつブログも更新していこうと思います。
宜しくお願いします。これからも。

海月

日記 | 22:52:33 | トラックバック(0) | コメント(0)

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